2004年11月01日
■鍋料理
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わが家の菜園で、水菜、きく菜、かぶ、大根…などの冬野菜が順調に成長している。

滋賀県に住む二男から「鍋の材料になるような野菜はまだかえ」とのメールがきた。

収穫には少し早いので取りあえず「間引き菜」を使って水炊きにして食べやうと言う話になり、次の日二人の元気な孫を連れて二男一家がドドーッとやって来た。

普段は静かなわが家でお盆以来の賑やかな昼食を始めた。

土鍋には溢れんばかりの野菜と鶏肉などを入れた。

野菜嫌いの孫が皆から「野菜食べや、野菜食べや〜」と言われて挙げ句の果てには野菜をめぐって親子で罵声が飛び交う険悪なムードとなり、一年生の孫は涙をこらえながら野菜を食べていた。

又、運動会で活躍する孫の姿をビデオで見せてくれ、褒めたり笑ったりの楽しい昼食会となった。



2004年11月08日
■京都の秋
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秋たけなわの京都・祇園では華やかな「祇園をどり」が始まった。

そして桜の花が咲きさうなポカポカ陽気が続いている。

それでも朝晩の冷え込みが段々厳しくなり街路樹の葉が美しく色付き始めた。

私の家の庭に鉢植えの菊がある。

寒い冬も、春も、暑い夏も…何気なく置いてある一本の鉢植えの小菊である。

細くて長い曲がりくねった枝の先に5個位の小さな蕾を付けており、白い花が上を向いて少しづつ開いてきた。

この花をよく観ると少し変形なのである。

なぜか今年はこの小菊が妙に気になり、毎日必ず見るやうになった。

手を施すこともなく只々愛でるだけである。

それを見ていた妻が、以前から日当たりの良いベランダで大事に育てていた同じ種類の小菊の鉢を持ってきて「これの方がえ〜で」と言いながら庭に並べたのである。

確かに花も一回り大きく形も良く葉の色も濃く、その差は歴然としている。

しかし、どちらも気品があり風格が漂っている。

私は即座にこの二つの菊に名前を付けた。

風雪に耐えて懸命に咲く私の菊に『おしん』、妻の菊には『楊貴妃』と命名し鉢に名札を立てた。


  楊貴妃と おしんが競う 菊花展


それにしても『おしん』に気が引かれるのは何故だろう?



2004年11月15日
■私のお店
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この度、生まれて初めて商売の道に足を突っ込むことになった。

京都・中京区のオフィス街で間口40cm、高さ35cm、奥行40cmの小さなお店(レンタルボックス)を借りたのである。

契約期間は2ケ月間で常駐スタッフが販売業務を代行してくれるとのことである。

京都市のど真ん中のこの辺りには銀行や証券会社、旅館が林立し学生やOL、旅行者などで一日中賑わい、すぐ近くには京都文化博物館があり、行き会う人もどことなく文化の薫りが漂っているので不思議だ。

売りたい物を持っている私としては願ってもない最高の場所で店を開き商売をさせて頂く絶好のチャンスが到来したと思っている。

商品の並べ方はどうするか…、
キャッチフレーズはどうするか…、
値段の設定では心が揺らぎ適正価格が決まるまでは大変苦労した。

しかしこんな事を考えながら開店の準備を進めていると目の前がパ〜と明るくなり夢と希望が湧いてきて実に楽しい。

私が描き続けた「源氏絵はがき」と「手作り百人一首かるた」を展示して、いよいよ今日から私の商い人生が始まった。


  百人の 歌人が笑ふ Koba Ko-ba



2004年11月22日
■「弟」
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 ♪柴刈り 縄ない わらじを作り
   親の手助け 弟を世話し
   兄弟仲良く孝行つくす
   手本は二宮金次郎

終戦後間もない頃、私の通った小学校の校庭に柴を背負って歩きながら本を読む二宮金次郎の銅像が立っていた。

この銅像の見つめる朝の校庭では、ソフトボール、ドッヂボール、鬼ごっこ、釘さし、めんこ…など自由奔放に遊ぶ元気な子供達でごった返していた。

学校では二宮金次郎のやうな真面目な人間づくりを目指しており威厳のある先生が多かったやうに記憶している。

 ♪仰げば尊し 我が師の恩…

昭和30年3月、この歌を歌い6年間の恩師に別れを告げ、憧れの中学校へと進んだ。

「所得倍増論」と言う国の政策に勇気づけられ敗戦国日本がようやく元気を取り戻し、建設の槌音響く高度成長時代へと突入したのである。

この時、映画界に新風が吹き込まれ石原裕次郎主演の『嵐を呼ぶ男』が大ヒットしたのである。

背が高くて不良ぽくて スマートで…
男なら誰もが憧れる大スターが現れたんどすわ。

今まで二宮金次郎を目指してきた日本の若者像を一変してしまふ程の出来事だった。

そしてこの度、兄、石原慎太郎原作の「弟」がテレビ放映され久しぶりにテレビに釘付けとなり、改めて石原兄弟の偉大さを知ったのである。

そして今でもあの銅像があそこに立っているのだろうか…と思ふ。


  生まれ出よ いま再びの 大スター



2004年11月29日
■紅葉狩り
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気持ちの良い小春日和に誘われて紅葉狩りに出かけた。

京都には紅葉の名所が沢山あるのでどこに行こうかと迷ってしまふ…。

珍しく妻も一緒に行くと言ふので取りあへずお茶とおやつを持って左京区にある曼殊院を訪ねる事にした。

大勢の客で賑わふ永観堂、南禅寺の紅葉を横目で見ながら、一路曼殊院へと向かった。

東山連峰の山裾にある曼殊院の近くには修学院離宮や詩仙堂などがあり普段は静かで長閑かな場所である。

しかし、さすがにこの時期は大勢の人で賑わい、参道の雲母(きらら)坂には行く人、帰る人が楽しさうに行き交っている。

今年の紅葉は格別きれいだ。

これ程、心が躍動し感動する色彩を見せるのは一流の芸術家でも絶対に叶わない事だと思った。

「自然に勝る芸術は無し」とはよく言ったものである。

美しい葉を拾っていると、すぐに手に一杯になってしまふ。

淡い黄色から濃い紅色までの葉を集めて並べ、段落ちの濃淡の妙を味わったり写真を撮ったりして、今が盛りの曼殊院の紅葉を心ゆくまで楽しんだ。

 ♪秋の夕陽に 照る山もみじ
   濃いも淡いも 数ある中に
   松を彩る カエデやツタは
   山の麓の 裾模様

 ♪谷の流れに 散り浮くもみじ
   風に揺られて 離れて寄って
   赤や黄色の 色さまざまに
   水の上にも 織る錦

夕陽に映える真っ赤な紅葉を愛でながら曼殊院を後にして行く秋を惜しんだ。


  曼殊院 行き交ふ母娘の 手にもみじ



2004年12月06日
■花灯り「百人一首」
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小倉・百人一首は、万葉の奈良時代から鎌倉時代までの600年の間に詠まれた膨大な歌の中から、歌聖・藤原定家が京都・小倉山の時雨亭で一人一首、百人百首を選んだとされている。

その中には子供のころ教科書で覚えた小野小町、紫式部、柿本人麿、紀貫之などがいる。

この高貴な方々が詠んだ激しい恋、移ろう季節、また雅びやかな王朝文化の調べは、今でも日本人の「心の詩」として今なお生き続けている。

私が現在創作中のかるたは、和紙に金・銀の箔を使って下地を作り歌を書き、歌人の衣装は全て私のデザインで手描きしているのが特徴である。

いつの日か個展を開き、花灯り「百人一首」かるたを多くの人に見て頂けることを目標に今日も楽しみながら描き続けている。


  心にも あらでうき世に ながらへば
         恋しかるべき 夜半の月かな (三條院)



2004年12月13日
■京の師走
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 ♪もういくつ寝るとお正月〜
   お正月には凧揚げて〜
   こまを回して遊びませう〜
   早くこいこいお正月〜

四条・南座に勘亭流文字の「まねき」がかかり、嵯峨・広沢池では「鯉揚げ」が始まっている。

今日13日は花街・祇園で「事始め」が行われ、明日14日は大石内蔵助ゆかりの山科で「義士祭」がある。

…など正月の近づく京都では師走の風物詩が各地で催され慌ただしい雰囲気となっている。

そして毎年この時期に自然と口ずさんでしまふのがこの歌である。

昨日は「竹馬の友」との楽しい忘年会も済ませた。

そして今、何より楽しみな事は今度の正月にはメキシコで暮らす長男が孫のななちゃんを連れて帰ってくる。

 ♪もういくつ寝るとお正月〜
   お正月には鞠ついて〜
   追い羽根ついて遊びませう〜
   早くこいこいお正月〜

お正月にはななちゃんと一緒に「百人一首かるた」で坊主めくりをして遊ぼうと思い、今からこの歌を歌いながら指折り数えてお正月を待つ今日この頃である。


  大根焚 湯気にかすみし 了徳寺


  門前に 大原女の店 冬うらら


       (今年最後の吟行句会・鳴滝の了徳寺にて…)



2004年12月20日
■忘年会
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私が主宰する楽々波(さざなみ)会・水墨画宇治教室の忘年カラオケ大会をやった。

京都市内のカラオケスタジオでの忘年会は毎年恒例となっており、今日も10人で5時間歌い続けた。

食事をしたりビールを飲んだり…と、気楽で和やかなカラオケパーティーとなった。

平均年齢60ん才のご婦人の殆どが日頃からカラオケを習っているメンバーで素晴らしい歌声をたっぷりと聞かせて頂いた。

京都市南区と宇治市御蔵山で始めた水墨画教室も今年で14年が過ぎた。

お正月もお盆の月も一回も休むことなく、それぞれの会場で毎月2回の稽古を続けてきた。

未来へ夢を抱きながら元気で続けていこう!と約し合い最後に全員で「浪花節だよ人生は」を大合唱して散会となった。


  はり上げる 自慢の声や 忘年会



2004年12月27日
■高砂
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お節料理の写真を見ながら妻が買い物メモをとり始めると、この歳になっても何故か心が浮きうきしてくる。

障子を貼り変えたり、換気扇の掃除をしたり、アトリエの片付けなど、三人の子供達と賑やかにやっていた我が家の年用意の風景も懐かしい思い出となった。

今では孫を待つ二人の静かながらも忙しい年末行事となっている。

私が子供の頃、熊手を持つ尉と箒木を持つ姥の、九谷焼の人形が正月の床の間に飾られており「これは、じょうとんば、と言ってお目出たい人形だよ」と嬉しさうに自慢していた今は亡き父の顔が目に浮かぶ。
 
その時には何が目出たいのか訳が分からず、むしろ気持ちが悪いと思っていた。

このやうに最近は子供達と過ごしたあの日あの時、親が教えてくれた様々なことを鮮明に思い出すことが多くなり、摩可不思議な年代にさしかかったものだ…と考えている。


  じょうとんば 目出たさ知れる 歳となり