| 2005年01月03日 |
| ■初詣 -*--------------------------------------------------*- 新年明けましてお目出とうございます。 今年は京都でも素晴らしい天候に恵まれ最高の年明けとなった。 私としてもこれ程、心新たな春を迎へたことは35年ぶりのことである。 それはあたかも第三の人生を賑々しく船出したかのやうな朝であり五体が躍動してくる心地がした。 初ドライブは宇治の源氏ミュージアムから天ケ瀬ダムを経て瀬田川沿いに走る宇治川ラインをゆっくりと石山寺へと向かった。 静かな山の中を通るこの道は車が少なく心の落ち着くドライブとなった。 紫式部ゆかりの石山寺まで来ると大勢の初詣客で賑わっていた。 源氏物語・第52帖「かげろう」巻でも登場する石山寺。 紫式部もこの小径を歩いていたことなどを考えながら進んでいくと随所に美しい庭が設らえてあり、先日の雪が程よく残り千両、万両の赤い実、青苔などの色を引き立てている。 千年の歴史と重みを感じるこの庭園を巡って私は王朝絵画の創作意欲をかき立てられた。 (謝々) 初詣 源氏の絵本 買ひにけり 今年も昭山人の新作にご期待ください。 |
| 2005年01月10日 |
| ■日展 -*--------------------------------------------------*- 京都市美術館で開催中の日展を観に行った。 正月気分の醒めやらぬ会場には多くの客が入り、所々で新年の挨拶を交わす人、人気作家がファンに囲まれ絵の説明をしているなど華やいだ雰囲気が全体に漂っている。 絵の大きさも200号、300号の大作がズラリと展示され、その迫力は圧倒されるほどである。 じ〜っと作品の前にたたずんで陶酔している人、作品に近づいたり離れたりしながら心ゆくまで鑑賞している人など、どの人の目も生き生きと輝いている。 私も、目当ての作家の大作の前に立つとなぜか懐かしい気持ちになった。 ずいぶん前から新年にはこの日展会場を訪れて目の正月をさせてもらい、今年も頑張ろう!と決意も新たに出発をするのである。 日展で まなこを洗う 去年今年 |
| 2005年01月17日 |
| ■女子駅伝 -*--------------------------------------------------*- 冬の陽光を一杯に浴びながら美しい都大路を東へ北へ西へ南へと可憐な乙女が懸命に走った。 第23回・全国都道府県対抗女子駅伝が華やかに開催され沿道には多くのファンが詰めかけ熱い声援を送った。 この模様はテレビでも全国に放映され今では正月の国民的行事となっている。 私は、このレースのちょうど半分、折り返し地点になっている国際会館前で見ていた。 このあたりでは順位がもつれ、どの選手も真剣そのものである。 目の前では追いつ追われつの熱い女の戦いを見る場面もあり過酷なレースだと思った。 大きく引き離された最後のランナーにはひときわ大きな拍手が沸き起こり感動した。 そして込み上げてくる涙を押さえることができなかった。 天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ 乙女の姿 しばしとどめむ (遍昭) 《空を吹く風よ、天と地の間を行き交ふ天女たちの路を 吹き閉じておくれ、美しい乙女たちの姿を今しばらく この地上に残しておいてほしいから…》 百人一首のこんな歌を想い浮かべながら47人の天女が走り抜けた都大路をなぞるやうに家路についた。 |
| 2005年01月24日 |
| ■白沙村荘にて -*--------------------------------------------------*- 中国のことわざに「城市山林」と言ふのがある。 都市の中にあって深山に住むかの如くひっそりと暮らす…。 これが中国で昔から文人が求めた究極の暮らし方だと伝へられている。 今日は明治、大正、昭和にかけて京都画檀を支え活躍してきた文人画家・橋本関雪の住居「白沙村荘」を訪ね、今年初めての吟行句会を楽しんだ。 教養があり中国文化にも影響された関雪が生涯にわたって造り続けたこの庭は、総面積1万平方メートルあり「白沙村荘庭園」としてその名を残し、今では京都市の名勝地に指定登録されている。 銀閣寺参詣で賑わう参道から南へ一歩、小さな門をくぐると、そこはもう都会の喧噪を離れ、静かで落ち着いた侘びの世界が広がる別天地となる。 潜り戸を抜けると小径に沿って熊笹が自生しており数本の大きな松の木が天に向かって伸びている。 上の方で二羽の白鷺が仲良く羽を休めていた。 美しい錦鯉が悠然と泳ぐ広い池には送り火で有名な大文字山が映し出され、まるで一幅の吉祥図を見ているやうな気分になった。 三つの池にかかる石橋を渡りながら庭園を巡って行くと、程良い距離をおいて憩寂庵、倚翠亭、問魚亭などの茶室が設らえてあり何んと贅沢な庭だろうと思った。 茶の湯文化にも精通した橋本関雪が手作りで造営したこの庭の深い趣きを肌で感じながら9人の仲間と大満足の一時をすごした。 冬枯るる 出町柳で 友を待つ 問魚亭 苔むす屋根に 冬紅葉 |
| 2005年01月31日 |
| ■舟木一夫 -*--------------------------------------------------*- かなり昔の話になるがテレビの歌番組の中で、「還暦のお祝いには赤いチャンチャンコの代わりに真っ赤な詰襟を着て『高校三年生』を唄いたい…」と若い舟木一夫が将来の抱負を面白おかしく語っていた。 その時には、随分と先の話をしているな…と思いながらも、心の中で想像した舟木一夫の赤い詰襟姿が私の脳裏にインプットされ忘れることはなかった。 昭和38年「高校三年生」を唄い鮮烈なデビューを果たした舟木一夫。 その頃、日本では東京オリンピックの準備が進み庶民の暮らしも段々裕福になり、ほとんどの人が高校進学を目指し始めた頃のことである。 黒い学生服の詰襟はまさに『青春のシンボル』そのものだった。 「高校三年生」「修学旅行」「仲間たち」「花咲く乙女たち」…など学園ソングが大ヒットして多くの若者が口ずさんだものである。 しかし月日が経つにつれ大スター舟木一夫も芸能界の厳しい辛酸を舐めながら、様々な苦労を乗り越えて40年の歳月が流れた。 ♪赤い夕陽が校舎を染めて ニレの木陰に弾む声 あーーー高校三年生 ぼくら離ればなれになろうとも クラス仲間はいつまでも そして今日はここ京都会館第一ホールで、 還暦記念・《赤詰コンサート》をやっている。 今、私の目の前で60才の舟木一夫が真っ赤な詰襟姿で唄っている。 ものすごい声量でびっくりする。 腰も伸びている、背も高くスラリと長い足で舞台狭しと動き、二時間たっぷり唄い続けた。 私が幼い頃に見て記憶している60才の人と今の60才の人の姿を比べると隔世の感がした。 こんなことを申し上げる私も62才でんにゃわ。 |
| 2005年02月07日 |
| ■ハーモニカに想ふ -*--------------------------------------------------*- 私は男四人兄弟の三男坊である。 大正生まれの長兄とは17才の年の差があり兄弟げんかの経験もなく一緒にいる時はいつも面白くて優しい兄だった。 私が小学校卒業の時にはすでに会社勤めをしていたこの兄が卒業のお祝いにハーモニカを買ってくれた。 ハーモニカを初めて吹いた時には、その音色の美しさにひどく感動したことを覚へている。 美しい箱に入ったピカピカのハーモニカを、寝る時にはビロードの布で手入れをして枕元に置いて眠ったものである。 ♪しろじにあかく〜 ひのまるそめて〜 あ〜うつくしい〜 にほんのはたは〜 私が最初に吹けるやうになったのがこの曲であり、早朝から布団の中でよく吹いた。 隣に寝ていた母が私の吹くハーモニカに合わせてこの歌を唄ってくれたことを思い出す。 …あヽ あれから50年。 今日は妻が百円ショップでハーモニカを買ってきた。 私にとって涙が出る程懐かしいモノを見て、私が小学校を卒業した頃のことを即座に思い出し今は亡き兄や母の面影を偲んだ。 ♪ドドレレミミレ〜 ミミソソララソ〜 ラ〜 ソソミドレ〜 ソソミドレミド〜 今では百円でこんな素晴らしいハーモニカが手に入るんや〜としみじみ思った。 そして、久しぶりにハーモニカを見て、何故か宮田東峰さんの名前が頭に浮かぶ… |
| 2005年02月14日 |
| ■嵐山にて -*--------------------------------------------------*- 二月の吟行句会で京都屈指の観光地、嵐山を訪ねた。 広い大堰川の浅瀬には数羽の川鵜が並んで立っており、ゆりかもめや白鷺が美しく優雅に飛んでいる。 雨上がりの岩田山、小倉山、愛宕山など嵐山の山並みには、一面にもやが立ちこめてようやく春めき始めた。 時折り客を乗せた人力車が行き交ふ渡月橋の中程で足を止め美しい山や川を眺めているとスケールの大きな水墨画の中にいるやうな感覚になった。 この橋を渡り道を横切ると石段があり十三まいり、針供養などで有名な法輪寺の参道へと続く、結講長い石段を5人の仲間と句を捻りながらゆっくりと登った。 名勝・嵐山が眼下に見える法輪寺の境内には薄紅梅の花が咲いていた。 法輪寺では今日「針供養」の法要があり、日頃針仕事に従事する女性の方達が続々と集ってくる。 参拝者には温かい甘酒が振る舞われ早春の嵐山に楽しさうな笑い声がこだましていた。 芽起こしの 雨に出会ひし 嵐山 |
| 2005年02月21日 |
| ■辰巳の方角 -*--------------------------------------------------*- 引っ越しをするなら辰巳(東南)の方角が良いですよ、とは昔からよく聞く言葉である。 もともと占いなど信じない私でも何故かこの言葉だけは強く印象に残っており今だに頭にこびり付いている。 「わが庵は都の辰巳しかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり」 と、都から宇治の山里に移り住んだ喜撰法師が百人一首で詠んでいる。 この歌の真意がどこにあるのか私の知る由もないが… 辰巳の方角がここにも出てくる。 そんなことを考へながら冬の日差しを一杯に浴びて、わが家から辰巳の方向へと車を走らせた。 日曜日の昼下がり、のんびりと30分位行くと宇治橋の少し手前の山裾にゆったりと建つ「宇治市源氏物語ミュージアム」へ着いた。 林の中を散策し池の上に架かる美しい橋を渡って館内に入る と身も心も源氏物語の中へ溶け込んでいく感覚になる。 企画展示室では源氏物語の日本画が沢山展示してあった。 春の部屋には実物の牛車や王朝文化の調度品、平安時代の装束などが展示され優雅な雰囲気に溢れていた。 広いこの部屋には六条院の縮小模型が再現されており、ここに住む紫ノ上、玉蔓、花散里、明石の君などの姿を想い浮かべていた。 さらに宇治十帖をイメージした秋の部屋には「橋姫」の場面が再現されていた。 映像展示室に入ると篠田正浩監督による映画「浮舟」を上映していた。 まさか今日ここへ来て映画が見れるとは夢にも思っていない事だったので千円程得をした気分になった。 源氏物語を満喫して外へ出ると小雪がちらほらと舞っていた。 浮舟を 偲びてうぢの 雪にあひ |
| 2005年02月28日 |
| ■京の朝市 -*--------------------------------------------------*- 左京区・岡崎公園と平安神宮前の広場で「京の朝市」が二日間の日程で始まった。 朝市と言えば以前、温泉旅行で石川県輪島の朝市に立ち寄った時、沢山の店が並び大勢の客でごった返し、必死の思いで鯖のへしこを買ったことを思い出す。 京都・岡崎界隈は動物園、京都市美術館、図書館、国立近代美術館、みやこメッセ、京都会館など格調高い建物が調和よく建ち並び、寝殿造りの平安神宮と天を突く紅い大鳥居が岡崎公園のシンボルとなっている。 私は、ここへ来ると平安王朝の雰囲気を感じる素敵な場所だと常々思っている。 そう言ふ訳で平安神宮前での朝市がどんな様子なのか? 色々と想像しながら、興味深くこの日が来るのを待っていた。 「京の朝市」初日の今日は小雪がちらつき底冷えがする程寒い日になったので、首巻きをして厚手のオーバーを着て毛糸の手袋をして真冬並みの服装で会場へと向かった。 三条から神宮道を北へ突き当たると平安神宮である。 紅い大きな鳥居が見えてくると気持ちがワクワクしてくる。 平安神宮前の朝市の様子がもうすぐ分かる‥と考え、益々高ぶる私の心を落ち着かせやうと更にゆっくりと歩いた。 疏水に架かる橋の上から水鳥の様子をしばらく眺めたりしながら、平安神宮前での朝市を見られる幸せを噛みしめていた。 時々薄日が射してあまり気持ちが良いので一句詠んだ。 朝市を 天も寿ほぐ 京の冬 岡崎公園会場では、七條甘春堂の雛菓子、福寿園の煎茶、抹茶、船はしや総本店の五色豆、若菜屋のみたらし団子、ぜんざい、下鴨茶寮の京料理弁当、西利の京漬け物、半兵衛麩の生ゆば、雨月茶屋の湯どうふなど京都でも老舗の物産品、他に京ぞうがん、京扇子などの工芸品を売る店、50店程が美しい真っ白のテントを張って整然と建ち並びどの店も多くの客で賑わっていた。 そして冷泉通りを渡り平安神宮前会場へと巡ってきた。 応天門を背景にして時代祭りの行列に使われる大きな牛車が、威風も堂々と展示されていて圧倒される感じがした。 その両脇には日本各地にある小京都(高知県中村市、長野県飯山市、島根県松江市、兵庫県出石町、岐阜県郡上市、富山県城端町…など)の方々の店が出ていた。 やがて牛車のうしろで笛や太鼓の賑やかな音頭が流れ20人位の岐阜県郡上八幡の青年男女が輪になって郡上踊りを踊り始めた。 よく見ると浴衣に法被姿で素足に下駄履きと言う真夏の姿でびっくりした。 たちまち大勢の人だかりが出来て客の中からも飛び入りで踊る人もあった。 「甚句」「げんげんばらばら」「ヤッチク」など小雪のちらつく平安神宮南庭で浴衣姿の若者がにこにこ顔で盆踊りを踊って見せてくれた?? 郡上鮎 跳ねて京都の 冬に舞ふ 底冷えの 京に郡上の 踊りの輪 〈感謝〉 |