2005年05月02日
■母の日
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最近読んだ本に

「お庭はきれい、海は無限、星も無数、でもお母さんにはかなわない」

「お母さんを幸せにするのは、すべての子どもの仕事、もしすべての子どもがそうすれば、私たちの国は世界中で一番、豊かで賢い国になる」

…とはインドの若き詩人クマナン博士が創立したセトゥ・バスカラ学園の生徒たちが、大好きなお母さんを讃えて唄った詩である。とあった。

そして…
「十億の人に十億の母あらむも、我が母にまさる母ありなんや」

これは最近街で見かけた言葉で、どちらも母を思ふ子供の気持ちが見事に表現されていて深く感動した。

今年の「母の日」には赤いカーネーションを買ってきて、今は亡き母を偲んでみやうと考へている。


  讃へても 讃へきれない 母の恩 (昭山人)



2005年05月09日
■子供の日
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♪柱のキズは〜おととしの
 五月五日の背くらべ
 ちまき食べ食べ兄さんが〜
 測ってくれた背の丈
 きのう比べりゃ何んのこと〜
 やっと羽織の紐の丈

我が家にも3人の子供の成長を刻んだ一本の柱がある。

下は50cm位から一番上は180cmを越すところまで背の高さを印した沢山のキズがある。

今では3人の孫も含めて我が家の子供の成長記録を残す大事な柱となった。

今年も二男一家が訪れて孫の背丈を測ってやった。

去年から5cm位伸びた二年生の、なり君は跳び上がるとのれんに手が届くやうになって、おじいちゃん おじいちゃんと言いながら何回も跳び上がって見せてくれ満足さうだった。

4才の、みっちゃんは一生懸命跳び上がってものれんに手が届かないので悔しさうな顔をしていた。

今年も元気な二人の孫と味わいのある背くらべの思い出を創ることができて嬉しかった。


  背くらべ 柱のキズの 増へにけり



2005年05月25日
■嵐山、時雨殿にて
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嵯峨の山荘「時雨亭」と言へば藤原定家が選んだ百人一首ゆかりの地としてあまりにも有名である。

そしてこの山荘は定家が「遊心」「養心」の場所として洛中の雑踏から逃れてここを訪ね、四季折々の美しさを楽しんだ。

この風光明媚の嵐山、渡月橋の上流へ少し歩くと小倉百人一首の記念館「時雨殿」の建設が今秋完成を目指して進められている。

新緑の嵐山が映し出される目の前の水面には、若いカップル父子連れのボートが浮かび静かでのんびりとしている。

時雨殿の前の木陰に腰を下ろし、おにぎりを食べながらこの平和な光景を見ていると心が癒されてくる。

七百年前の大先輩、藤原定家翁を偲びながら私も今日は「遊心」「養心」の一時を味わった。


 五月晴れ 心養ふ 嵐山 おにぎり食べて 元気もりもり



2005年06月01日
■水墨画教室
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今から15年前の秋のことである。

京都市南区の女性サークルから依頼され水墨画の手ほどきに出向いた。

熟年女性5〜6人の仲良しグループが、人生の楽しみのひとつとして水墨画を始めたい、とのことだった。

お互いの自己紹介を済ませ、墨絵の描き方、魅力…などを少し話して早速、目の前の花や野菜を画題に初めての水墨画を楽しく描き出した。

平成3年9月27日(月)、この日が楽々波(さざなみ)発祥の日となった。

そしてこの教室を「楽々波会・水墨画教室」と名付けた。

毎月2回の稽古を積み重ね、翌年6月には京都市伝統産業会館一階の特別展示室で、第一回「楽々波会水墨画展」を開催した。

広い庭園の見える素晴らしい会場に自分の絵を展示して、沢山の人に見て頂くことがこれ程までに嬉しい…と出品者全員が感激し次の作品への創作意欲を大いに駆り立てたのである。 

その後、宇治市の女性サークルからも同じ主旨の要請があり、ここにも楽々波会・水墨画教室が誕生した。

以来、2つの教室が一緒になって毎年続けてきた展覧会も14回目となった。

今年も五月晴れに恵まれて沢山の方がご来場下さり、
「作品に個性があって見ていて楽しい。」
「流派にとらわれない教室の雰囲気が伝わってきます。」
とか、「高齢化社会に向けて生き方を学びました。」
…など有り難い感想を聞かせてくれる方もあり、なんとも言えん嬉しかった。

私は今まで、あの時の楽々波の小さな一波が二波となり十波となって…やがて万波となるやうにと常々希って来た。

これからはもっと根性を入れて楽々波会発展の為に頑張っていこう!と決意した。


  さざ波に 若葉の笑顔 水墨展



2005年06月08日
■「さなぼり」に思ふ
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たくさんの提灯をぶら下げて宮津湾の沖合いを巡航する巡礼船の様子が新聞で報道されていた。

漆黒の海をほのかに照らす幻想的なカラー写真である。

その見出しに
「宮津でさなぼり祭り。巡礼船が豊漁、豊作を願う」
とあり、私は思わず『エッ』と言ってしまった。

勇壮なこの祭りは江戸時代に始まり、海上から舞鶴市の冠島に向けて参拝すると云ふ。

それはそうとして「さなぼり」の懐かしい文字を見て私の脳みそが一瞬にして50年以上前の記憶まで遡ったのである。

名古屋で戦災に遭った私たち家族が疎開していた、母の故郷(兵庫県但馬)の美しい緑の田園風景が思い浮かんだ。

更に不思議なことにその頃に出会った村の人たちの顔が次から次へと浮かんでくる。

正美さん、久士さん、うのさん、あきちゃん、菊枝さん…などの顔を実に鮮明に思い出す。

田植えが終わったばかりの田んぼにたっぷりと水が入りカエルがゲコ、ゲコ、ゲコゲコ、と大合唱をしていた。

慌ただしい田植えが済んで、皆がホッと一息入れるこの時期に大人の会話の中に必ず出てくる言葉が「さなぼり」だった。

「さなぼり」と云ふ言葉を口にするだけでどの人の顔も嬉しそうだった。

子供の私でさえ「さなぼり」と聞くと胸がワクワクしたものである。

『さなぼり』とは一体何んのことだろう?

以来、私の心の片隅にいつも気に掛かっている言葉だった。

さなぼり??…

あゝ あれから50年。

苦節50年の時を経て今、初めて知った。

「さなぼり」が祭りの名前だったとは……。

そう言えば「さなぼり」には毎年、家族的な旅役者が村にやって来た。

芝居の当日、夕方になると村の人が連れだって楽しい芝居見物に行ったものである。

悲しい場面での子役の名演技を観て多くの大人がすすり泣く姿を見たことが子供の私には特に衝撃的だった。


  さなぼりに 人を泣かせし 子役かな



2005年06月15日
■絵はがき展
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梅雨晴れ間の今日は左京区岡崎の細見美術館へ『美しい日本の絵はがき展』を見に行った。

今回の展示は、ボストン美術館所蔵の明治から大正、昭和初期までに作られた日本の絵はがき350点(2万点の中から特に選ばれたもの)が久しぶりに里帰りして多くの日本人の注目を浴びていると云ふのである。

現在、源氏物語の絵はがきを描く私にとって、この展覧会が見れるだけでも幸福者だと思った。

そんな訳で、昼食を済ませたら見に行こうと考え食事を始めると頭の中に素晴らしい絵はがき展の様子が思い浮かび、心が焦り、胸が膨らみ、腹も膨らむ、挙げ句の果てには食べられない状況になり、思わず「何んじゃ こりゃ〜」と言ってしまった。

「しっかり食べとかんと おなか空くよ〜」
と、妻が実に適切なアドバイスをしてくれた。


細見美術館の第一展示室へ入るとほの暗い雰囲気ですぐに心が落ち付いてきた。

若い女性や老夫婦など数人が静かに熱心に鑑賞していた。

洋画の浅井忠、藤島武二。

美人画の鏑木清方、上村松園。

大正ロマンで有名な竹久夢二。

など日本を代表する画家による詩情溢れる絵はがきが額に入れられて展示され、それぞれに題名が付けてあった。

縦に描いた絵はがきを10枚横並びにして一作と云ふ大作もあった。

展示室を巡って行くと、小林かいち作「街の悲哀」と云ふ絵はがきの前に立って私はしばらく釘付けとなった。

その絵はがきは4枚が一組になっていて、橋の欄干と恋人を待ち焦がれる一人の女性が描いてあり、その女性の心の変化する様子が絶妙に表現されていたのである。

一枚目から順番に(期待)(悲嘆)(悲嘆)(絶望)…と書いてあった。

たった4枚の絵葉書をみて女の心理の「すさまじさ」を垣間見たやうな気持ちになった。



2005年06月22日
■東京にて
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久しぶりに日本の首都、東京の空気を吸いに出かけた。

昼前に新幹線で東京駅へ降り立つと不思議なことに人類の偉大な一歩を踏み出したやうな感慨深い気持ちになった。

「何んでかよう分からんけど京都と全然違ふ…」と思った。

いわゆる軽いカルチャーショックを受けたのである。

それにしてもどっかが違ふ…??

歩行者でも関西は「横並び」が目立つが、東京では殆どの人が「縦列」で歩いている。

そして東京は人が多い割に動きがスムーズで静かな感じがする。

今度は「山の手線」とか「総武線」に乗って見ることにした。

電車の中でも関西が「しゃべり」なら、東京は「ささやく」である。

東京が「働く処」なら、京都は「心を癒す処」…などなど色々なことを考えていたら、ドカドカ〜と三人連れのご婦人が私の前の席に座った。

これは「関西系」だと直感した。

それにしても僅か半日遠ざかっていた「関西系」を見ただけで、こんなに心が癒されるとは…
私も根っからの「関西人」なんだ。

と東京の地で改めて知った次第である。


  扇持つ ぶらり東京 良かりけり


東京みやげに葛餅を買って帰り、妻と二人で食べた。

京都の夜は静かなもんです。



2005年06月29日
■関西扇面芸術展
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創立20周年記念、関西扇面芸術展が京都市美術館の別館で始まり、NHKニュースでその模様が放映された。

この展覧会は扇形と云ふ特殊な形態、空間の中に、いかに新しい美を表現するか、を共通のコンセプトとして日本画、洋画、書道、水墨画、写真、工芸、など幅広いジャンルで活躍する多くの作家が交流して開催するユニークで楽しい展覧会である。

私も6年前、芸術文化の向上と発展の為に行動する関西扇面芸術協会の趣旨に賛同し、この公募展に出品するやうになった。

今年も100人近い方の応募があり、200点の力作が展示され優雅で豪華な記念展となった。

そして今日、私の作品「夕涼み」が「京都市教育長賞」に選ばれたとの連絡が入り天にも昇る気持ちになった。

多種多様な芸術が、伝統ある京都市美術館の別館(昔の岡崎公会堂)に展示された。

今年も沢山の仲間と仲良く展覧会ができる喜びを噛みしめながら「我が人生に悔いはなし」…と思った。


  空梅雨も また良しとせむ 扇面展