2004年7月5日
■出町柳(でまちやなぎ)
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「気にいらぬ 風もあろうに 柳かな」
誰の句とも知らぬまま、この川柳を覚へ長年気にかけてきた。

この句は複雑な人間社会での上手な生き方を教えてくれているやうに思え、今でも忘れられないのである。

 ♪昔なつかし 銀座の柳…

と歌うこの歌のリズムが私は好きだった。

銀座と云ふ言葉を聞くだけでも心がウキウキする頃のことである。

柳の枝はしなやかで葉もスマートで色も良く伸び伸びとして見ていて気持ちがスッキリとしてくる。

賑やかな銀座を行き交ふ悩める人の心をどれだけ癒し、元気づけてくれたことか‥ああ銀座の柳。

京都にも風光明媚な鴨川と高野川の合流地点に「出町柳」と言う京都人には馴染みの駅があり、人の心を和ます素敵な地名だと常々思っている。

もうすぐ京都の街にうだるやうな暑い日がやってくる。

水面の美しい柳のある風景は京都にはたくさんあるので、この夏は柳の下で涼を取り、柳と語り合いながら心身ともに健康で乗り切ろうと考へている。


  道風の ごとくに夏を 過ぐしてや



2004年7月12日
■青蓮院
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7月の吟行句会で青蓮院を訪ねた。

猛暑の中を扇子片手に句を捻りながら平安神宮を背にして神宮道を南へ歩いて行くと、樹齢800年と言われる楠の大木が見えてきた。

大木もここまで大きな「大樹」を見ると心がスッキリしてくる。

少々の頭痛ならすぐに治るのでは…と思ふくらいである。

皇室にゆかりが深く、小御所とも云はれる青蓮院には5本の楠が自生しており京都市の特別天然記念物に指定されている。

門前で大きな樹冠を為す楠の緑陰に入り、門跡寺院の説明の看板を黙読していると、汗がひき、涼しい風が吹き抜けた。

源氏物語でも、夏は姫達が氷を割って紙に包んで顔にあてて涼をとる場面があり、なぜか私の頭をよぎった。

中へ入り、板の回廊を巡り宸殿に座して前庭を眺めると美しい苔が一面に生えていた。

きれいに整えられた格調高い苔の庭には右近の橘、左近の桜が植えてある。

そこにも大きな楠の緑陰が出来ていた。

庭に出て大樹の下に立ちつくし小御所の美しいたたずまいにしばし見とれていた。


  初蝉の 声クスノキの いづこから



2004年7月19日
■祇園祭り
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久し振りに祇園祭りの宵山を見に行った。

夕方から歩行者天国の四条通りは、ゆかた姿の若者など、溢れんばかりの人で埋め尽くされていた。

祇園祭りは869年に疫病が流行した際、当時の日本の国の数にちなんで66本の鉾を建てて病魔を祓ったことが始まりとされている。

今年の宵山の人出は48万人と報道され、満員の甲子園球場の観客の約10倍の人が見物したことになり、人を引きつける伝統の力に驚いている。

小さな子供の手を引く家族連れ、ゆかた姿の若いカップル、車椅子のお年寄り、元気の良い男の子、女の子のグループ、などなど、とにかく暑い宵山は多くの人で沸騰していた。

その人混みの中に、今日結婚したばかりと一目でわかる新婚カップルがいた。

その女性は男性の手を握り人目をはばかることなく立ち止まり泣いていた。

スーツ姿の男性は迷惑さうな顔をして新妻をにらんでいた。

一体何があったのか…。

楽しいはずの祇園祭りの宵山で垣間見た新婚カップルの光景。

ここへ来て国宝級の懸装品で飾られた豪華な鉾も見た、何んとなく哀愁を帯びたコンチキチンの笛の音、鐘の音も耳に聞こへてくる、この上ない賑やかな場所にいる。

…しかし、あの新妻の涙、新郎の困惑した目…が一番印象に残った。

厳しい人生の荒波の中へ向けて今日出発した、あのカップルに幸多かれ!と心から祈るばかりである。


  泣くたびに 絆深まる 夫婦かな



2004年7月26日
■岩倉川にて
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夏土用となり連日35度を越す猛暑が続いている。

都会の雑踏が夜遅くまでザワザワと聞こへる夏の季節は私は昔から好きである。

寝苦しい夜によく冷えた浅漬けのナス、キュウリなどで食べる夜食は最高にうまい。

そして真夏になると美しい渓流の岩倉川に雑魚釣りに出かけるのも楽しみのひとつである。

岩倉川は北山の谷間から流れ出る石の多い小さな川で両側の土手には栗の木やクヌギなどの自然木が生い繁る涼しい所である。

そこに釣りの出来る場所が一か所だけあり私が見つけた穴場なのである。

昨日も昼前から夕方まで蝉の声を聞きながら、のんびりとここで過ごし、アブラハヤと、赤もつを20匹位釣って帰った。

魚は料理をして一晩冷蔵庫で寝かせ、焼いたり、天ぷらにして食べるとものすごい旨い。

少しエサが余ったので2日連続で同じ所へ出かけることにした。

朝から強い日差しが照りつけている。

岩倉川の木陰に入り、冷たいお茶を飲みながら指先がもつれる程ワクワクしながら仕掛けを作り始めた。

夏休みに入り子供達の元気な叫び声がこだましていた。

虫取りでもしているものだと思い込んで、一生懸命釣り支度をして、ひょいと見ると、な、何んと一か所しかない私の釣り場に水着姿の4人の男の子が入り、はしゃぎ始めたのである。

一足違いで場所を取られた…。

と思い、一瞬がく然とした…が。

しかし、今どきの子供がこの美しい自然の中で、夏の日差しをガンガンに浴びながら水しぶきを上げる元気な姿を見て、私の心は一変した。

昔ながらの子供らしい子供の遊ぶ光景を見て嬉しくなってきたのである。 

日本の将来を担うこの子らに岩倉川で夏の思い出をいっぱい作って欲しいと考え、私より一足早く来たこの子らに心の中で拍手を贈ってやった。

よかった、よかった…。トホホ


  夏休み 川の思ひ出 この子らに



2004年8月02日
■執念のPK戦
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久しぶりにテレビの前で釘付けとなり体中が興奮した。

そして気分がスッキリとした。

サッカー、アジア・カップの準々決勝、日本対ヨルダンの試合をテレビで観戦したのである。

中国の重慶が舞台であり大歓声の90%がヨルダン側だった。

ものすごい重圧の中で戦う日本選手のふんばりは「絶対に負けられない」との執念と気迫に溢れていた。

前半11分にヨルダンが、その3分後に日本がそれぞれ得点し1対1のまま両チーム積極果敢に攻め合い お互いあと一歩までボールを運ぶのだが、とどめの一撃が決まらず、はらはらドキドキの連続だった。

時折りジーコ監督の厳しい表情の横顔がアップで映り、大きな声を出して気合いを入れている。

試合はそのまま30分の延長戦に入った。

しかし両者一歩も譲らず死闘120分の決着はPK戦へともつれ込んだ。

全身が汗でビッショリの選手達は体力の限界を通り越し、最後の気力を振り絞っているやうで感動した。

PK戦は日本が先蹴りで始まり中村、三都主が同じやうに足をとられて大きく外し、張りつめていた緊張の糸が切れたのかと思うくらいだった。

テレビの解説者は「まだまだ分かりませんよ、何が起こるか分かりませんよ」と言っていた。

その時、キャプテンの宮本が主審の所へ抗議に詰め寄って行った。

主審が大きくうなづき日本側の要求を受け入れたやうだ。

今度は、すかさずヨルダン側が抗議をしている場面がテレビでアップで映り、険悪なムードになりかけた。

超満員の観衆も固唾をのんで見守った。

しかし権威ある主審の即座の判断でゴールを逆サイドに変更してPK戦が続けられた。 

気迫十分の川口選手の顔がアップで映り私も祈るやうな気持ちでヨルダンのキックを待った。

遠く離れた中国の重慶とテレビと私がこれ程まで気持ちが一体になったと感じたことは初めての経験だと思った。

絶対絶命まで追い込まれた末に日本選手の執念の「逆点勝利」の瞬間を見せて頂き、私は幸運だった。

最近では、これ程どきどきハラハラさせられて、これだけスッキリした気分を味わったことがなかった。

感動した!


  夏の夜 気分爽快 PK戦



2004年8月09日
■陶芸教室
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暦の上では立秋とは言ふものの、まだまだ猛暑の続く今日この頃である。

この暑い中、気の合ふ仲間7人で初めての陶器作りに挑戦することにした。

滋賀県土山町に信楽焼の穴窯を所有する女性陶芸家のSさんの工房を訪ねた。

各人には、手ろくろ、板、布、竹ベラ、粘土…
などが配られた。

粘土はSさんが工夫して特別にブレンドした贅沢な信楽の土を使用させて頂いた。

この質の良い土を両手でこねていると、ふっくらとして、キメ細かくて、やや冷たくて…何んとも言えない感触が伝わってくる。

この土の感覚を味わいながら、こねながら気分を高め作品をイメージするやうに指導されていた。

土をこねながら、わいわい、ガヤガヤと面白い冗談も飛び交ひ賑やかな雰囲気で陶芸教室が始まった。

…しかし、いざ作品の創作に取りかかると段々と静かになり、みんな真剣な顔つきになってきた。

最初から作るものを決めている人はどんどん進んでいく。

作るものが決まらず土をこね続けている人もいる。

私も最初は花瓶を作るつもりが、積み上げが非常に難しいので夫婦の銘々皿を作ることにした。

大きい方にはススキに月を描き、小さい方には池に浮かんだ月を描いた。

2時間程で、一輪ざし、刺身皿、おうす茶碗、湯呑み、飾り皿…など、どれも作者の個性がはっきりと作品に出ていて感心した。

その後、6畳の間くらいある大きな穴窯を見せてもらいびっくりした。

割り木は全て松の木を使い、自然の釉薬をかけて3日半メンバー交代しながらつきっきりで火を燃やし続けるなどの苦労談も語っておられた。

信楽焼の醍醐味は土と炎が織りなす味わいの芸術であり、偶然性も期待されると、素敵な笑顔で話された。

その偶然性の話を聞いて、皆の顔がほころんだのが印象的だった。

どのように出来てくるのか…。

ククーッこの後、冷たいビールを飲みながら焼き肉パーティーをして、日の暮れた土山を後にした。


  信楽の 夏惜しみをり バーベキュウ



2004年8月16日
■花火大会
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今年の盆も我が家へ二男が二人の孫を連れてやって来た。

7才と2才の男の子である。

二人とも日焼けして真黒になっている。

2才のみっちゃんが家に来るなり
「おじいちゃん俺、海でオシッコした〜」と言っていた。

7才のなり君も
「僕も5回くらいオシッコしたで〜」と元気な報告をしてくれた。

いきなりの事で、どう返事をしたら良いのか困ってしまったが、反応が悪いと駄目だと思い、すかさず「そんな事したら海の水がショッパクなるやろう!」と言ってやった。

夜は皆で八木町の花火大会を見に行くことにした。

海にオシッコをした事をこれだけ熱っぽく話す二人の孫が、迫力ある大きな花火を見てどれだけ驚くのか…、どんな顔をするのか…、それを見るのが今の私の最大の楽しみなのである。

源氏物語にも登場する大堰川の上流が花火大会の会場である。

夕方5時頃にはここに着き、河原にゴザを敷いて孫と一緒に弁当を食べた。

涼しい川風を受けながらビールを飲んで…この夏最高のひとときを過ごした。

人出が段々増えてくる、子供達は広い大堰川に向けて石投げをしている。

妻が弁当箱の蓋でメダカをすくってきた。

特設のステージからは生演奏でテンポの良いソーラン節が聞こへてくる。

大勢の若者が元気よく踊っている。

楽しい花火を前にしての平和な夏の河原の風景である。

とっぷりと日が暮れてポンポンポ〜ンと花火が上がりだした。

皮肉なことにこの頃から雨が降り出し、最初から最後まで傘をさしての花火見物となってしまった。

私の膝では2才の孫が眠ってしまい、大きな音がする度に耳をふさいでやるのが私の今日の役目であった。 


  待ちぼうけ 夢の中なる 花火かな



2004年8月23日
■撫子パワー
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今から108年前、第1回オリンピックがギリシャの首都、アテネで開催された。

以後4年毎に世界各地でオリンピックを開催し多くのドラマを生みながら百年の伝統を築いてきた。

そして今回、21世紀最初のオリンピックが過去最多の世界202ケ国が参加して意義深いアテネで今再びの開催となった。

総勢312人の日本選手団も女子が171人と初めて男子を上回り華やかな入場行進が印象的だった。

そして女性が輝く新しい世紀の到来を肌で感じた。

全ての競技で日本選手の活躍が目覚ましく、メダル獲得の様子がテレビで報道され毎日が感動の連続である。

今年のオリンピックでは男子も女子も日本選手が世界で一番輝いて見える。


  撫子の ソフトパワーで 金メダル


  撫子のとこなつかしき色を見ば
        もとのかきねを人やたづねん (源氏)



2004年8月30日
■卓球セット
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最近、京都の街でも百円ショップをよく見かけるやうになった。

通称「ひゃっきん」(百均)と呼び親しまれ、どの店も多くの客で賑っている。

衣料雑貨、花、野菜、食器類、化粧品、文房具、おもちゃ…などなど、たいがいの品物を売っているので店内を見て回るだけでも面白く退屈しない。

先日、妻がその「ひゃっきん」で珍しいものを買ってきた。

百円の卓球セットである。

ラケット2個とピンポン球2個がセットで、たった百円と聞いて驚いた。

割れにくいやうに合わせ板で作られた2個のラケットには赤と青のラバーが貼ってあり、こんな立派な物を百円で売って商売になるのか?不思議に思ふ。

早速わが家の食卓の真ん中に紐で仕切りを作り夫婦で久しぶりのピンポンを始めた。

始めのうちは中々続かなかったが、やっていくうちに段々長く続くやうになり、カッコン、カッコン、とピンポン球の音がリズム良く耳に響き心身ともにリフレッシュしてくるのがわかる。

10分もすると汗ばむ程の運動になり百円ショップで見つけた「卓球セット」は私達の老人ボケ対策の道具となるのではないか…、と思ふ。

時々『サァー』と言う掛け声を出しながら今日も二人でカッコン、カッコン、とやっている。


   老楽し 勝負はものの 数ならず


            ……とまぁ、こんな事どす。