2004年9月6日
■小野小町
-*--------------------------------------------------*-

クレオパトラ、楊貴妃と並び世界の三大美女として名を馳せた日本人女性と言へば小野小町である。

深草少将に「百夜通い」をさせた小野小町は勝ち気でわがままながらも絶世の美女と伝へられ、今でも〇〇小町と言へばその土地の美人の代名詞となっている程である。

米の銘柄でも〇〇小町と聞くだけで艶のある美しい米を想像してしまふので不思議だ。

小野小町は平安時代の女流歌人として活躍し「六歌仙」や「三十六歌仙」の一人として称せられ厳しい男の縦社会の中で女として才色兼備ぶりを遺憾なく発揮したのである。

今朝はこの小野小町ゆかりの地「随心院」を訪ねた。

我が家から歩いて5分の場所である。

白壁の美しい随心院は竹林、栗の木、桧、杉、などが立ち並び静かな雰囲気に包まれて建っている。

寺の周りの史跡・小町庭園の小径に沿って猪子草、萩、紫露草、桔梗…など秋の草花が自生している。

早朝で誰もいないこの道を一人で美しい虫の音を聞きながら、小町の墓、文塚などを巡って今朝の目的地「小町の化粧井戸」へと歩いた。

この世界の三大美女と仰がれた小野小町ゆかりの水で墨を擦り源氏絵の姫の顔の仕上げをすることが私のこだわりなのである。

今朝も小さな水差しに小町の水を戴きながら、この街へ住んでいて本当によかった…としみじみ思った。


  文塚やも 少し待ってと 萩揺るる



2004年9月13日
■知的格闘技
-*--------------------------------------------------*-

今日の句会場は大阪府茨木市の山の中、忍頂寺スポーツセンターである。

俳句仲間の男女9人が、朝9時30分に阪急茨木駅に集合しバスで会場へと向かった。

1時間以上バスに揺られ、家はチラホラ、小さな棚田の見える随分山奥までやって来た。

終点の忍頂寺より一つ手前のバス停で降りて、ここから吟行をしながら山道を歩くことになった。

この辺りは隠れキリシタンの里としても有名な所で、狐に騙されているのか…と思う程、山奥なのである。

所どころにある柿の実が色付き始めた。

黄金色の稲穂が頭を垂れている。

田んぼの畦道には彼岸花がいっぱい咲いて、平和で豊かな秋の田園風景である。

落ち葉を踏みしめながら山道を進んで行くと、先日の台風に吹かれて青い栗のいがやどんぐりなどが沢山散らばっていた。

平均年齢60ん才のメンバーが手帳にメモを取りながらワイワイガヤガヤと歩いていると幼い頃の遠足のやうに楽しかった。

山には美しい茸も生えている。

女郎花(おみなえし)、男郎花(おとこえし)、露草などが咲いている。

山繭を見つけた人もいた。

たくさんの竹藪の所では夕方になったのか?と思ふ位、あたり一面が真暗になってきた。

息をころし耳を澄ましてコンコンと鳴る竹の音を皆でしばらく聞いていた。

茨木の信じられない程山奥で素晴らしい秋を満喫し、予定より少し遅れて句会場に着いた。

忍頂寺スポーツセンターはホテルのやうに近代的な建物である。

昼食の後、10畳の和室でこの会を主宰するU氏を中心に句会を始めた。

頭の中が真白になる一瞬である。

各人が10句を作り、句の出来栄えを競ふのである。

私はこの句会を「知的格闘技」だと思へてならない。


   茨木の 地鶏ごはんや 秋の昼


   山路きて 休み処の 初紅葉



2004年9月20日
■木下伸市コンサート
-*--------------------------------------------------*-

暑さ寒さも彼岸まで…、とは言うものの今日も30度を越す真夏日となった。

そんな中、津軽三味線の第一人者、木下伸市コンサートに出かけた。

私は気分を高める為に少し早めに家を出て会場周辺を散策した。

京都会館、平安神宮、美術館、府立図書館、動物園…など伝統的な建物が建ち並ぶこの界隈は、京都市の誇る大文化ゾーンである。

平安神宮の大きな赤鳥居の修復工事も大分進んできた。

マップ片手の外国人観光客も頻繁に行き交ふ。

ガラス張りの大きな交番もあるこの場所は、いつ訪ねても安全で和やかな雰囲気が漂っている。

夕方6時30分の開演を前にして、京都会館第一ホールには多くの人が足早に集まって来る。

ご婦人の2〜3人連れや男女のカップルがそれぞれ楽しい会話を交わしながらニコニコ顔で入って行くのが印象的である。

私はエレベーターで4階まで上がり、客席の一番上の方を見渡すと少し空席があったので一列目、つまりこの会場の舞台から一番遠くて高い位置の真ん中に座ることにした。

周囲は空いていて、何故か特別席に居るやうな妙な感覚を一人で楽しんでいた。

「百年に一人の天才」と言われる木下伸市の津軽三味線と和太鼓・パーカッションの茂戸藤浩司、尺八の佐藤英史による三人のジョイント・コンサートだった。

三本の糸を巧みに操りダイナミックなバチさばきで聴かせる津軽三味線の旋律は、魂を揺さぶられるやうな感動を覚えた。

哀愁を秘めて響く尺八の音の魅力も生まれて初めて味わった。

和太鼓・パーカッションのド迫力には一番後ろの私が圧倒されたのである。

吹く!弾く!撃つ!の三味一体の伝統音楽はマンネリ化した私の魂を大型洗濯機でごいごい洗って戴いたやうな有り難い気分である。


   音楽の ありて嬉しき この世かな



2004年9月27日
■秋の日曜日
-*--------------------------------------------------*-

今日は私にとって面白い一日だった。

京都府庁のすぐ傍に、敷地面積100坪以上の大邸宅を京友禅の仕事場とする友人の依頼でここの襖絵を描きに行ったのである。

友人から「古びた襖に好きな絵を描いて遊んでみないか」と私にとって願ってもない有り難い話を聞かされており妻からも「ゆっくり遊ばせてもらいや〜」と送り出された。

墨、筆などを携えてルンルン気分で家を出た。

築50年の歴史を語る襖は9枚あり、どれも陽に焼けて和紙独特の味を醸し出し「今が旬ですよ〜」と私に語りかけているやうだった。

格調のあるこの京座敷には、百人一首の雰囲気がピッタリだと思い、ところどころの傷跡に私の手作り百人一首の絵札、字札の美しいかるたを貼ってみた。

友人は「え〜なあ」と満足さうな笑みを浮かべた。

そして、琴の音色をCDで流してくれ最高の雰囲気を作ってくれた。

ススキ、萩の花の揺れる庭園に目をやると、秋の蝶が2匹仲良くヒラヒラと舞っていた。

空間を生かしながら文字も一字一句歌の感情を込めながら書いていくと古びた無地の襖が水を得た魚のやうに蘇生するのを感じた。

今からおよそ750年前に嵐山の時雨亭で作業をする歌聖・藤原定家を偲んだ。

秋晴れの日曜日、画家冥利に尽きる一日をすごさせて戴いた。
                                  (感謝合掌)


  墨の香の 漂ふ京の 残暑かな


  眺めては 書いて楽しむ 秋の文字



2004年10月4日
■イチローの偉業
-*--------------------------------------------------*-

ここ数日間、心ときめく思いでこの日を待ちわびていた。

「イチロー、一気に259安打」

「84年ぶり大リーグ新」

これは昨日の夕刊一面の見出しである。

大きな文字が躍動しており私の胸がす〜っとした。

イチローはアメリカ大リーガーで名実共に超一流選手となったのである。

とにかく100年に1回有るか無いか?の大記録達成のこの時に巡り会えただけでも幸運だったと思っている。

その記念すべき場面を、すごいなぁ すごいなぁ…と言いながら瞼に焼き付ける思いでテレビを見た。

満員の観客が総立ちで拍手をしていた。

日本人もアメリカ人もみんな最高の笑顔で歓喜していた。

長年生きていてもこれ程気持ちの良い光景を目にすることは滅多にない事だと思った。

大きな外国人選手の中では小柄に見えるイチローが走っても打っても守っても相手選手をキリキリ舞いさせるので見ていて実に痛快だ。 

偉業を成し遂げたイチローを見ていると昔覚えたこんな歌が浮かんできた。

 ♪指に足りない 一寸法師
   小さな躰に 大きな望み
   お椀の舟に 箸のかい
   京へはるばる 上り行く〜


  夢ひとつ イチロー選手に もらひけり



2004年10月11日
■図案の嫁入り
-*--------------------------------------------------*-

私は毎日染織デザインを思考しながら生きている。

今年も第87回・玄図展を左京区岡崎の「みやこめっせ」で開催し15名の玄図会員が、振り袖図案、ゆかた図案、着尺図案、帯図案…など新作150点を発表した。

ご来場下さる業者の方の眼(まなこ)を見ると不況脱出にかける真剣勝負の雰囲気が痛いほど伝わってくる。

来年向けの新柄デザインを提案する私達としては「人事を尽くして天命を待つ」の心境になる。

…とは言うものの、自分の作品が的を得ているだろうか?
人の心をとらえる事が出来るだろうか?
無視されないだろうか…?
こんな事を考えながら仲間と一緒にスリルある一日を会場で過ごすのである。

当然のことながら業者の目は大変厳しく中々売り上げにつながらないのが現実なのである。

そんな中、嬉しいことに和装小物を扱う会社が私のデザインを買って下さった。

翌日、この会社に図案を届けに行くと、社長と部長がにこやかに応対して下さり早速図案を広げて満足さうに眺めておられた。

人柄の良い二人と物作りの話をしていると、心が和み嬉しくなった。

私が一生懸命描いた図案がこの会社に嫁いで行ったやうな気持ちがしてならなかった。


  嫁ぎゆく 我が娘のごとき 図案かな


この佳き人達の手で図案が生かされ、この会社に幸運を持たらしてくれますやうに…とひたすら祈りながら家路についた。



2004年10月18日
■楽しい老後
-*--------------------------------------------------*-

私は数年前から老化現象が出て来たので「ボケ日記」を綴り始めた。

○月○日 親しい友人の名前を忘れかけた。

○月○日 車で出かけて気が付いたら行き先と違ふ道を走っていた。

○月○日 風呂でヒゲを剃っていて、よく剃れるカミソリだなぁと思って喜んでいたらカミソリの歯にカバーが付いたまま剃っていた。

○月○日 梅干しを作っていて、新生姜を洗おうとしてラップに包んだままの生姜を洗いかけた。

○月○日 食事の後、ご飯がこぼれていた。…等々

最近では排尿の回数が増えてきて夜中に2〜3回起きるやうになった。

最初のうちは起きるのが辛く面倒だと思っていたが、今では何んの苦も無く、ス〜ッと起きられるやうになった。

小便の出が少し鈍ったとは言え、排尿後のあのスッキリ感は充分味わふことが出来るしその点は幸せだと思っている。

しかし最近では小便が2本に割れて出てくることがあり一人密かに困っていた。

我が家のトイレは洋式であり2本に分かれて出てくる小便を一滴もこぼさずに用を足すのは至難の技であり難儀していた。

そんな時、何も知らない妻が「最近では男の人も洋式の便器に座って小便をする人が増えているらしいで〜」とテレビでの話を聞かせてくれた。

今まで全く考えてもみない発想に私は目からうろこが落ちるやうな気分になった。

高齢化社会に向けてこんな事を考える人にこそノーベル賞を上げてほしいと思った。

それ以来私はズボンの裾を汚すこともなく一滴もこぼさずに用が足せるので嬉しい。


  秋深し ちちんぷいぷい ありがたふ


  馬肥ゆる 立ち小便に さようなら



2004年10月25日
■古典を読む
-*--------------------------------------------------*-

台風23号で大洪水の豊岡市、舞鶴市などの大災害も覚めやらぬ間に、今度は新潟で大震災…と、目を疑ふやうな出来事がありその一部始終をテレビで生々しく報道している。

道路の陥没、家屋の倒壊、土砂崩れなど自然災害の恐ろしさをまざまざと見せつけられた。

誰を恨む訳にもいかず、途方に暮れる被災者の方を思ふと胸が痛み涙が出てくる。

こんな不幸な出来事が本当に単なる偶然に起こるのだろうか…?

私が20才の頃、兄から貰った「立正安国論」と言う本を思い出し久しぶりに読んでみた。

 旅客来りて嘆いて曰く
 「最近、天変地異、飢饉、疫病…等天下に満ち、広く地上にはびこり、悲しまざる人一人も無し、是れ何なる禍(わざわい)に依り如何なる誤りによるや」

 主人嘆いて答えて曰く
 「世皆正法に背き人皆悪法に帰す、故に善神、聖人は国を捨て去り還り給わず、この隙に魔が来たりて災難が起こるのである。この事を言っていきなさい、恐れる可からず」等云云(主意)

文応元年7月、日蓮大聖人が時の執権・北条時頼に宛てた諫暁書の書き出しの部分である。

800年前の日本の様相が克明に書かれており、今の様子と似ているやうに思えてならない。

正法…とは?

魔…とは?

興味は尽きない。

「個人の幸福を願ふならば、先ず世界の平和を祈らなければならない」‥‥これが立正安国論の主旨である。

この度の悲惨な出来事を見て、今年の秋は亡き兄を偲び、「立正安国論」を徹底的に読んで見やうと決意している。

この度の災害で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り致します。 (合掌)